ボディセラピストへの道のり#1
思えば小学生の頃から肩が凝っていました。
小学校5年生くらいの頃に検査で脊椎側弯症といわれ、
「背骨が曲がってることがよくない影響に繋がっているはず」
という確信のようなものが当時からありました。
からだが弱いというほどではないのだけど、どうもあまり調子がよくない
ことが多く、見た目ほど健康ではなかったです。
偏食でものすごい便秘の上に貧血で、
下半身の冷えも若い頃からありました。
わたしは旅好きのバックパッカーで、
会社員時代にたまたま行ったタイでタイ古式マッサージを受けて、
「これはスゴイ!」とその効果を実感したのが
この世界に入ろうかなと思った最初のきっかけかもしれません。
大学卒業後、最初に働いたのは小売業界でした。
店長という仕事はとてもやりがいがあり、男女差別なく
いい経験をさせてくれる会社でしたが、同時に激務でもあり、
ストレスからか体調を悪くしてしまい、5年ほどで退職しました。
その後、IT系のマーケティング会社で
Webディレクター職に就きました。
この仕事もとても刺激的で楽しかったのですが、
この頃から朝起きられない、
ようやく起きて職場に着くと
既にぐったりしているような状況に陥りはじめ、
検査の結果、病院では国の難病指定を受けている
”ベーチェット病の疑い”との診断を受けました。
どんどん元気がなくなり、代謝が悪くなり、太っていき、
うつっぽくなり、いわゆる自律神経失調症的な症状が
顕著になってきたため、結局は会社を退職してしまいました。
退職後、まずは健康を取り戻すため、暖かいところで療養を兼ねて、
また以前から興味があったタイマッサージをタイ北部、
チェンマイにあるITMというスクールで習うことにしたのです。
タイマッサージの研修は終えましたが、
その後すぐにセラピストの道に入ったわけではなく、
1年近くにわたってフラフラと続けた旅の終盤、
たまたま訪れた東京都・小笠原諸島で大きな変化が起こりました。
東京から1000km離れた25時間半かかる
船でしか行けない世界で一番遠い島。
そこで野生のイルカと泳ぐことに
こんなにもはまってしまうとは。
イルカと泳いだそのことだけでなく、
海の信じられない蒼さや鳥たち、無人島をはじめとする
自然のすごさと真っ向から対峙した時間、
島に集まる個性的な人たち
ーー人生を心の底から楽しんでいる人たちーー
との出会いが私を大きく揺さぶりました。
「私の仲間がここにいる」そう感じたのです。
驚いたことに、小笠原で過ごした約10日間で
持病の症状のひとつである足のしこりは
きれいさっぱり消えていました。
「とにかく自分が楽しいと思ったことだけをやろう」
旅から帰ってくるとそんな風に
考えがとてもシンプルになりました。
けれどもそのことが、それまで思ってもみなかった
当時一緒に暮らしていた夫と別れるという決断を
下すことになってしまったのです。
私の人生はもっと違うキラキラしたもののはずで、
現状の家族関係ではうまくいかない、
彼と私はそもそも生き方が違うのだ、という結論。
彼は旅を中心とした私のわがままな生活スタイルに
理解のある人でしたし、とても恵まれた生活でした。
夫のことも大好きでした。
けれど、このままの生活では自分の人生が嘘になってしまう。
このまま自分にウソを一生つき続けて生きるのか?
もしかしたら、私の病気は、実はこの結婚生活が
もたらしたものではなかったのか?
自分の人生を生きていないから、
人は病気になってしまうんじゃないか?・・・。
ものすごい葛藤がありました。
こんなにいい人を、どうして私は不満に思うのか?
と自分を責めもしました。
ずいぶん長くその気持ちは私を苦しめたようにも思います。
でも、一度真実に気づいてしまったら、
人はもう元には戻れないんだ・・・。
イルカのように自由に、自分の人生を精一杯生きたい。
最後の瞬間まで悔いなく生ききりたい、
という強い気持ちが私にはありました。
”まあまあの幸せ、そこそこの満足”ではなくて、
何かひとつの目標に向かって歩いていく感じ、
”それなりに楽しい” ではなくて ”めちゃくちゃ楽しい” 感覚。
それを実現させるには、
一度生活のすべてをリセットしなければならなかったのです。
つらい選択でした。でも、そうするしかもう道はなかった。
人生において三叉路というのがあったなら、
幾度目かの三叉路に私はさしかかっていました。
