フロー経験の要素
ーーーーー『楽しむということ』Mチクセントミハイ より引用ーーーーー
フロー(flow)=全人的に行為に没入している時に人が感ずる包括的感覚
第4章 楽しみの理論モデル
フローのもっとも明瞭な特徴は、おそらく行為と意識の融合ということであろう。フロー状態にある人は二重の視点をもつことはない。彼は彼の行為を意識してはいるが、そういう意識そのものを更に意識することはない。
意識が行為から分離しはじめると、人はその活動を「外から」眺めることになり、フローは妨害される。このことから、フローを瞬時の妨害もなく、長時間継続することは困難である。
フローは遂行すべき要素が、人の遂行能力の範囲内にあるときにのみ生ずるようである。儀式やゲーム、またはダンスなどの行動芸術のように、行為のルールがはっきり確立している活動において、最も頻繁にフローが経験されるのはこのためである。
行為と意識の融合は、フロー経験の第2の特徴、つまり限定された刺激領域への注意集中から生ずるのであろう。自分の行為への注意の集中を確かなものにするためには、邪魔になる刺激を注意の外にとどめておかねばんらない。何人かの研究者はこの過程を「意識の限定」「過去と未来の放棄」などと呼んできた。(マスロー,1971)
フロー経験の第3の特徴は、「自我の喪失」「自我忘却」「自我意識の喪失」であり、「個の超越」「世界との融合」とすら表現されてきたものである。
ーーーロッククライマーの例クライマーはともすると、自分の身のまわりに起こっていること、つまり岩や、、、手がかりや、、、体の正しい位置を探し出す動きに浸りきってしまいます。すっかり夢中になっているために、自分が自分であるという意識がなくなり、岩の中に溶け込んでしまうのです。
いろんなことが「自動的」に進むようになると、、、ある意味ではほとんど自我のない状態になってーーーどういうものか考えることなしに、また全く何もしないのにーーー正しくことが運ばれる、、、。とにかくそうなってしまうのです。それでもふだんより気分が集中している。禅が精神の集中であるように、これは瞑想のようなものでしょう。やらねばならないただ1つのことは、心を一点に集めることです。何者かに到達するために精神の焦点を結ばせる能力が大切です。
フロー状態にある人のもうひとつの特徴は、彼が自分の行為や環境を支配しているということである。
支配の感情と、その結果生ずる不安感の欠如は、危険が行為者にとってまさに「客観的」現実そのもであるフロー状況においてすら存在する。ロッククライミング及びそれに類した活動に危険が実際伴うとしても、それは予想し得るものであり、従って、予知し、支配しやすいものである。支配の感覚は「客観的」な評価がこの感覚を正当化するかどうかは別として、あらゆるフロー経験の最も重要な要素である。
フロー経験の次の特徴は、その経験が通常首尾一貫した矛盾のない行為を必要とし、個人の行為に対する明瞭で明確なフィードバックを備えているということである。
最後の特徴は「自己目的的」な性質である。言い換えれば、明らかにそれ自体のほかに目的や報酬を必要としないということである。
心配の状態にある人々は、2つの基本的な方向を持つ過程の、ほとんど無限な組み合わせを通してフローに戻ることができる。つまり、挑戦の水準を下げるか、技能の水準を高めるかである。もし後者を選ぶならば、その結果としてのフロー状態はより複雑なものとなる。なぜなら、それはより多くの挑戦の機会と、より高い能力水準とを含んでいるからである。逆に、もし退屈しているならば、環境側の挑戦水準を高める手段を見つけることによって、または自分にハンディキャップを課したり、技能水準を下げることによってフローに立ち戻ることができる。
---フロー(時間を忘れる楽しい状態)から外れたときはこの基本から外れているってことなのかな?でもまずはフローに入るのが大変なんだよね。退屈してるっていうのは、要するに自分の楽しさの基準より低いところにいるからってことなんだな。
ちなみにこのモデルは最初のもので、現在はいくつか別のもう少し複雑なモデルで図式化されている。それに関してはまた別の機会にメモしようと思う。
現在購入できる新装版↓
![]() | 楽しみの社会学 Mihaly Csikszentmihalyi 今村 浩明 新思索社 2001-01 売り上げランキング : 122787 おすすめ平均 ![]() Amazonで詳しく見る by G-Tools |

