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2007年06月23日

●6月15日-2 霧のケータ上陸

嫁島のマグロ穴スイムを終え、もう一度イルカをゆっくり探しながら走りましょうかーとアナウンスされたと同時に、「あれ?いたーー!」イルカを今日もまた第一発見してしまった。さっきまでどこにいたの?っていうくらい船のすぐそばに絶妙のタイミングで現れたイルカたち。早速濡れた身体もそのままにスイムの用意をする。

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はろ〜☆

「はいどうぞー」ステップに立った10人ほどが一斉にエントリー。イルカがこちらにやってくる。ものすごく遊ぶ風でもないけれど、いやがっている様子もなく、さくっと遊んで通り過ぎるような感じ。ここのイルカで頭がたんこぶみたいに出っ張ってるのがいて、「こぶちゃん」といって長年のつきあいらしい。

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こぶちゃん

まだ水温は低く、水の色もそこそこというのがもったいないけれど、でも遊べてよかったなーなんて思って船に上がったらビックリ。水温が低くて気温が高いがためにものすごい霧が立ちこめ始めている。これではなかなかイルカも見つけられない。。。

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こっちに向かってきた!

嫁島を後にしてさらに北上し、ケータ島方面に向かう。嫁島からは30分位走ったところにある。途中北の岩とか眼鏡岩とかそんな名前の岩を通り過ぎ、聟島(ケータ島)到着。ここでもミスパパヤが上陸できるような港はないので、途中でアンカリングして、そこでもう一台の和船、パパヤジュニアに乗り換えて上陸する。

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ケータ上陸。頂上までけもの道を進みます

ケータでは今、アホウドリの繁殖、調査などが行われており、浜にはいくつかテントが建てられていた。いつもならきれいな浜も今日は雨水が流れ込んでドロドロ。。。とてもじゃないけど泳ぐ気にはなれない。このあたりで穴タコとりをしたいというおじさんを磯に降ろし(6ハイとれたと言っていた)釣りをしにきたお客さんを近くの岩に降ろし、残りのメンバーでケータ島で一番高い場所(標高88mと言っていた気がする)まで登ることになった。

とはいってもあたりは霧模様。いつもならくっきりみえる頂上もかすんでて全然見えない。これじゃ行ってもしょうがないからとりあえず様子見で途中まで行ってみましょう、ということで、まずはここで一生涯を終えたという岩崎亀五郎さんのお墓まで行くことに。

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亀五郎さんのお墓

墓標を読むと昭和13年にここで亡くなられたと書いてあった。数年前にお骨は親族が内地に持って帰ったということで、墓という意味では形骸化しているのだが、亀の形をしたお墓で、なんだかちょっとおもしろい。この方はケータ島の実力者だったらしく、父島の人は捕鯨船の人たちに、牧畜の肉を売ったりして、自給自足以上の生活をしていたと聞いた。今はこんななーんもない無人島にその当時は人が住んでいたというのにビックリ。当時使っていたかまどの跡も残っているし、井戸も数年前までは使用していたらしい。

また、ケータ島は10年位前までヤギの食害で大変だったのだが、一応今は駆除が終わって(撃ち殺したんですね、、、)ヤギは一匹もいないということになっている。ただしネズミは今もいて、大きくて敵がいないからちょっとのそっとした動きで走っているのを見た。

亀五郎さんのお墓を過ぎたあたりから、霧が少し収まってきた。せっかくだから何も見えないかもしれないけどもう少し行ってみましょうかってことで、メンバーみんなでまた歩き出す。先頭を切るガイドのナオトさん以下ほとんどみんなギョサン(島のすべらないビーサンでみんなはいてる)で、雨ですべりやすくなっている道なき道をがんがん進む。

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頂上到着。なんか涼しそうな風景〜

今回私はケータ上陸2回目だったのだが、初めて来たときはすんごい暑くて、ひょいひょいっと歩きだしてから30分も頂上まで歩き続けるなんて知らなくて、汗だくになって大変だったことを思い出した。
今回の歩きは、なにせ霧だし涼しいのでとてもラク。結局頂上まで行ったのだが、以前よりは自分の体力がついたからか暑くなかったからか、印象も全然違うし楽しく歩けた。が、全然何も見えない。海すらうっすらしかわからない。頂上には戦争のときに使われていたという電波塔の基礎や砲台が残されていた。また戦前のビールの空き瓶も転がっている。小笠原にはケータだけでなく父島すらまだ戦争の面影がとても濃く残っているのだ。

頂上から先は、ジャングルと草むらが混じったような感じで、初めて見たときは「ジェラシックパークみたい」と思ったのだが、今回は「高原の牧草地」(笑)だった。ソフトクリーム食べたいよーってな感じ。

少し歩くのに時間がかかって、ミスパパヤに戻ったのが午後4時過ぎ。それから少しだけ休憩がてら泳いで、船が走り始めたのは4時30分をゆうに超えていた。
「今日は霧だし、帰りは向かい風だから、そろそろヤバいなー」といいながら走りはじめた。
船の上は走り出すと寒いので、私も水分を拭いてできるだけ着込む。今日の天候と波からすると、ここからぶっとばして帰っても1時間半以上はかかるらしい。

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並走するパパヤJr 島が全然見えません

天気のいい時はサンセットクルーズで、夕日を眺めながらハシナガイルカが出ちゃったりして、快適なのだが、寒い、波と風が強い、雨、とかになると、かなりの忍耐力が必要になってくる。波が強いから船も揺れるし、そのためにずっとどっかにつかまっている必要がある。以前ケータからの帰りに夕立が発生して、真っ暗になり、進行方向がなんとなくしかわからなくなって(GPSは一応あるが、目視のほうが正確)雨のためみんなキャビンに避難してたら雷まで鳴り出してすごく怖かった、、、なんてこともあった。

今日はどちらかというと後者に近くなりそうだ。覚悟を決めて乗る。2階のデッキにあるいい椅子に座らせてもらってラクだったけど、やっぱり寒い。霧だから見えるはずの島も上部はまったく見えなかったり。
それでも走っていると、波がすごく強いところとそうでもないところがあったり、(島と島の間は狭く水深も浅くなっていてそういうところは流れが強くて波が出るらしい)風が水温の違いで温かくなったり冷たく感じたり、そういう発見ができたりして面白い。

結局、二見港に着いたのは午後6時40分。ツアー終了予定時刻は確か5時だった気がするが。。。(笑)でもいつも田中さんはすごく一生懸命で、みんなを楽しませたい、イルカやクジラを見せたい、小笠原の魅力を最大限に感じてもらいたいっていうサービス精神旺盛で、そしてまたもう20年以上同じようなツアーをやっているのに、毎回いつもご本人が楽しんでいるのがすごいと思う。こんな朝から夕方までのケータツアーだと使う重油はドラム缶2本分以上、(小笠原のガソリン代は内地の約2倍&飛ばすとやっぱりかなりガソリン食うらしい)しかも和船も入れて2台体制で行うツアーが、この時期は超割引価格の10000円って、、、、採算度外視もいいとこなんじゃないかなぁ、なんて人ごとなのに思ってしまう。しかも人数少なくても催行しちゃうしね。そんなところもパパヤのツアーが好きな理由だと思う。

ツア−に出なくても十分楽しめる小笠原なのだけれど、ドルフィンスイムのツアーやダイビング、シーカヤック、戦跡ツアー、ネイチャーツアーなど、お金をかけてガイドと一緒にまわったりするとまたより一層楽しいというところが、資本主義的、東京都的な感じもする。が、実際それだけ自然が濃くて、知らない(そして一人では危険すぎる)ところが多い島なのだ。

コメント

3本続けて日記読みました。
すっかり一緒に潜った気分です♪ ありがとう!
文章に愛があふれてていい感じ~!

1年中頑張ってますね、パパヤさんは。脱帽です。
イルカの正面の写真を見ると海豚って感じですね。海の生物で人間とこれだけ一緒に泳いでくれるイルカってなんなのだろう。

>§あすか§さま
文章に愛。。。ありがとう〜
もう思いっきり感情移入して書いてます(笑)

>笛吹童子さま
私はいつも初夏か秋ですが、笛吹童子さんは夏とかお正月にも行かれてましたよね〜確か。ホント年中ツアーやってて素晴らしいです☆
イルカって漢字で書くと海豚っていうんですよねー。人間と泳いでくれるイルカたちは本当に「愛」そのものって感じがします。文章にするとクサいけど、一緒に泳ぐと実感しますね〜。ありがたいことです。。。

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